Himagine雑記

思いついたときに気ままに書く雑記帳

 『海神丸』

 大分県立先哲史料館の「野上彌生子展」見学後、高校生時代に読んだ『海神丸』を再読したくなった。この本は、臼杵の港を出た小さな帆船が嵐にあって遭難し、乗組員4名が食糧が尽きて飢餓地獄にあえいだ末に人肉を食うために乗組員の最年少の少年を斧で殺すというショッキング内容だったというのはいまだ忘れられない。その『海神丸』の刊行の後何十年もたって、著者は遭難した海神丸の乗組員を助けたという人物に出会い、後日譚を書いたということを何かで読んではいたが、後日譚は読んではいなかった。ネットで調べると、「後日物語」つき『海神丸』が岩波文庫で出ていることを知り、Amazonで中古本をgetした。定価1円、送料250円である。

    
奥付を見ると、この本は1995年1月13日 第53刷発行とあり、多少色やけがあるもののきれいで読むのに何らの障害はない。ちなみに第17刷改訂版発行が1970年8月17日であるが、これが、(付・『海神丸』後日物語)の初版である。その後53回にわたって刷ってきたというのだから、いかに多くの人が読んだ本なのかということがわかる。彌生子の年譜によると、1922年に春陽堂から刊行されたのが初めの『海神丸』の初版であり、この初版本を岩波が1929年1月10日に初めて文庫本として発行している。なんとその82年後の今になって初めて後日物語付き改訂版を読んだ自分は、何とも時代遅れではある。
 『海神丸』の発行を何十年後かに知って著者に電話をかけてきた人が、海神丸を助けた人だったこと、その救助を讃えてこの人が大正6年に神奈川県知事から表彰されたこと、助けだされたときの難破船とその乗組員の状況、船長のその後のこと、仲間を殺した男のその後等々、この後日物語が詳細に伝える。本文庫本は、最初に春陽堂から刊行された『海神丸』の部分が66ページと、後日物語20ページから成り立っているが、この両方を読んで初めて『海神丸』という実話に即した小説のの面白さを味わうことができる。著者は

「…ともに収録した[後日物語]はひろくて狭いこの世のの不思議なさだめをを示す点で、読者の皆様にも興味深く読んで頂けそうに思う。」

と、改訂版脱稿の1970・5・19の日付入りのあとがきにしたためている。