Himagine雑記

思いついたときに気ままに書く雑記帳

 事故主因はイージス艦「あたご」に

   

昨年2月19日午前4時7分少し前、海上自衛隊イージス艦「あたご」と漁船清徳丸が房総半島沖で衝突、漁船の治夫・哲大親子が死亡した。この事故の海難審裁決が22日、横浜地方海難審判所であった。審判長は事故の主因を「あたご側の監視不十分」と認定、あたごが所属する海上自衛隊第3護衛隊に安全教育を徹底するよう勧告した。
海上衝突予防法の第15条に「2隻の動力船が互いに進路を横切る場合において衝突するおそれがあるときは、他の動力船を右舷側に見る動力船は、当該他の動力船の進路を避けなければならない。この場合において、他の動力船を避けなければならない動力船は、やむを得ない場合を除き、当該他の動力船の船首方向を横切ってはならない。」とあり、さらに第16条「この法律の規定により他の船舶の進路を避けなければならない船舶は、当該他の船舶から十分に遠ざかるため、できるかぎり早期に、かつ、大幅に動作をとらなければならない。」と続く。審判は、この「横切り航法」を適用し、清徳丸を右前に見ていたあたご側に衝突回避義務があったのに、監視不十分だったため事故に繋がったと結論づけた。
 あたご側の何というお粗末、281人乗りの最新装備のイージス艦と二人乗りの小さな漁船の衝突の主因が、イージス艦の監視不十分だったとは。海上交通ルールの初歩の初歩を怠っていたわけだ。
人間は忘れやすい動物だが、私には忘れようとしても忘れられないことがある。1988(昭和63)年7月23日である。浦賀沖で起こった海上自衛隊潜水艦「なだしお」と遊漁船「第一冨士丸」の衝突事故である。遊漁船の乗客30人が命を落とした。事故後、当時の瓦防衛庁長官は「申し訳ない。再発防止に万全を尽くす。」と言って深々と頭を下げた。今回の事故について、<防衛省は昨年3月の中間報告で、装備の進歩に反比例し、なだしお事故で得たはずの安全への意識が乗組員の中で薄まり、ミスの連鎖を起こしたことを明確にしていた。>(以上朝日新聞記事)いかにハイテク化した最新装備であっても、究極の安全は携わる人間の意志にかかっているということだ。
「あたご」に沈められて遺体も上がらない治夫・哲大父子の無念を、「なだしお」に沈められてあたら26歳の生涯を終えた私の甥の晃司のことを思うと、悲しみと怒りの涙を抑えきれない。
「なだしお」に若き甥逝きて20年「あたご」の父子未だ揚がらず
(08,4,13 朝日歌壇一席 佐々木幸綱 選)