Himagine雑記

思いついたときに気ままに書く雑記帳

豆腐屋の四季

           
 久しぶりに『豆腐屋の四季』を書架から出した。奥付に、昭和43年12月1日発行 著者兼発行者 松下竜一  印刷所 中津市本町二丁目 河原田印刷タイプ部 とある。表紙裏には 母に捧ぐ 松下竜一 表紙題字末弟 満。
藁半紙様の用紙と淡い水色の表紙のA5版、298ページの本で、いたるところに茶色の染みが入っている。現存する貴重な初版本である。

 この本の書き出しは、次のように始まる。
歌のはじめ
 泥のごとできそこないし豆腐投げ 怒れる夜のまだ明けざらん
 加えたにがりがきかなかったのか豆腐が固まらない。泥のようなできそこないの豆腐を腹立てて庭に投げ捨てる。宝石のように星のきらめく冬空。夜はまだ明けていない。
 作者、松下竜一は九州のある小都市で豆腐屋をいとなむ青年である。いつのころからかの、朝日新聞西部版の歌壇の投稿者のひとりである。西部版の作品には炭鉱労働者の出詠が多く、すぐれた彼らの生活歌が異彩を見せていた。石炭不況がはじまり、彼らがストの怒り、転業の悲しみを訴え、やがて歌壇からひとりひとり名を消して行った頃、豆腐づくりの歌だけを作る、素朴な、まるで指を折って数えながらつづるようなこの青年の作品が私の記憶にとまるようになった。稚拙といえばこれほど稚拙な歌はなかろう。だが、ここには歌わなければならない彼ひとりの生活がある。
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 近藤芳美先生は、雑誌、芸術生活(昭和40年2月号)に、「地を踏むものの歌」として、私のことを、このように書き始めてくださった。(後に、先生の評論集「アカンサスの庭」に収載)
 冒頭の歌が、私の朝日歌壇最初の入選歌である。昭和37年12月16日のことである。日記の11月18日に、その歌が、他の2首とともに書きこまれている。それ以前に歌は無い。私が初めて作った歌なのだ。