Himagine雑記

思いついたときに気ままに書く雑記帳

獄中の歌人

     
 毎週月曜日に「朝日歌壇」・「朝日俳壇」があり、目を通します。いずれも作品の下に住所・作者がありますが、「朝日歌壇」の投稿者の常連と言っていい作者に(アメリカ)郷隼人という人がいます。短歌の内容から察するに、アメリカの牢獄に服役している方のようです。『朝日歌壇2009』(朝日新聞社)から郷隼人さんの作品を拾ってみました。

晩秋のプリズンの夜は更けゆきて懲罰棟に叫び声のする
隔離棟に収容されし吾が身なりシンプル・ライフの究極にあり
ステンレスの便器冷たし獄房の霜降る朝の白き吐息よ
「齢をとるというは悲しいことです」と母の便りに認めてあり
母の日に「母の心の草(マザーズハート)」と呼ぶ薺の押し花カード贈りぬ
アメリカの獄にながらえ母想う五月は殊に母の恋しき
ふるさとの水のうまさは世界一飲んでみたしやふるさとの水
「ふるさと」を多く詠みたる山頭火絶ちきりがたし望郷の念
父の死を告げし手紙の消印は既に二週も経過していた
日本では卯の花咲きてアメリカはインディ・500で夏は来にけり
夥しき囚人の群獄庭に蠢いており毛虱のごと
老父(ちち)逝きてふいに寂しき獄の庭老いたる猫に餌を与えやる
囚人のひとり脱獄未遂にて三千名全員監禁さるる
赦されざる罪を冒せしあの夏を蘇らせる独立記念日
近づきし山火事(ワイルドファイアスモ−ク)の煙が夕陽を朱に染め黄昏にけり
ふと思う二十三年間シャワーのみで風呂など一度も入ったことない
米国の服役囚の生活も中国製品(メイドインチャイナ)なしにはあり得ず
YOYOMAを聴きてしみじみ回顧する「懲罰棟」投獄一周年記念日
断食月ラマダン)のイスラム教徒ら獄庭に祈りを捧ぐ秋の夕暮れ
朝霧の白き魔物の忍び寄る未明の獄舎は古城のごとし
風呂吹に藷粥、鮟鱇鍋などを思い浮かべる時雨るる夜は
ローウィンの夜に独房の格子越しキャンディーをねだるおかまの囚友(とも)は
 
 郷隼人さんが、いかなる事情で何の罪を犯したのかは知りませんが、獄舎の単調な毎日の少なからぬ時間を短歌を詠むことに費やしているのでしょう。1年間に上記の歌22首もの入選を果たし、しかも同じ歌が複数の選者に選ばれたり、第一席を飾っていることも数回あります。