Himagine雑記

思いついたときに気ままに書く雑記帳

「ウォーキング] 吉四六の里のたくあん冬日和

      
5時半起床、6時59分亀川発臼杵行き普通電車は勤労感謝のこの日は通勤の働き者たちがお休みのようで、すいていました。あまり電車に乗ることがないので、各駅停車の電車に乗るのは何だか子どものようにウキウキします。今日のウォーキングはワタクシテキには、吟行も兼ねたつもりです。日出から大分までの別府湾を電車から眺めると、馬蹄形の湾は朝日がきらきら輝いて波静かで、今日一日の冬晴れを約束していました。
湾岸をなぞる電車や小春凪
途中、牧駅から乗ってきたHhさんとの会話は、一昨日の豊声会演奏会についてのあれこれでした。8時13分臼杵駅着。Mさんが満面の笑顔で迎えてくれました。Mさんの車で野津公民館まで。近くの山間には冬霧が低く立ちこめています。こういう朝は昼間が晴天であることの証明です。出発式会場の野津公民館にはSさんとHyさんが先についていました。吉四六に扮した実行委員長の挨拶と準備体操が終わると、豊声会精鋭アルキスト5名はいつも通り最後尾の位置取りで出発です。出発時刻は吉四六の‘四六’をもじってか、9時‘46’分でした。
吉四六さんの菩提寺である普現寺の紅葉は散りつつありました。
普現寺の紅葉かつ散る磴高し
昨夜の雨を吸い込んだ一面の黒々とした耕地から、朝日を受けて白く水蒸気が立ち昇っています。
  
吉四六の里の朝靄ミルク色 
狭霧消えゆく吉四六の里の冬


牛馬を祀る社や冬紅葉
大将軍(だいしょうごん)神社は牛や馬の神様としても有名だそうで、大きな牛の像がありました。境内にはカエデの紅葉が観られましたが、いかにも“紅葉かつ散る”という風情でした。
 
金明孟宗竹は孟宗竹の突然変異で県指定天然記念物で、特別保護林に指定されています。近くの民家に紫陽花の返り花が咲いていました。
あじさいの花返り咲く野津の里 
どこのウォーキング大会でも、○○ウォーキングクラブというゼッケンをつけためっぽう高速のグループがあるが、私たちのグループは、もっぱら会話をし、きょろきょろあちこちの風景を眺めることができるほどの早さで歩くから、もっぱら最後尾になってしまいます。殿(しんがり)を歩くことを楽しむので、「シンガラーズ」を自認しているのです。中でも私は句材を拾ってはメモしたり、可憐な草花についかがみ込んだりするので、シンガラーズの中でも常にドンジリ。これからはドンジリンと自称しましょう。上の写真は、グループ4人の後ろ姿を撮っているのだから、150人ほどの参加者の中で私は正真正銘のドンジリンということになります。
私たちの前を歩いていた5歳の女の子は見事に完歩しましたが、偉い\(^O^)/
偉さとは大きにあらず草紅葉
 
12時15分にゴールし、完歩証を貰いました。おいしい豚汁のお接待を受けた後、「吉四六ばなし」を聞きました。最後の抽選会では、食あたりぐらいしかアタらない私はやはりはずれ。HさんとMさんがあたりましたが、今日の車提供者としてのご褒美になったようです。
    
途中2カ所で飲んだ「楯ケ城の水」や水地公民館で頂いたふかし芋やたくあん、到着後に頂いた豚汁等、すべて“ビタミンi(愛)”が豊富に含まれておいしゅうございました。実行委員会や野津の里のボランティアの皆さん、心のこもったおもてなし、ありがとうございました。電車や車の中、歩きながらの5人の話題は一昨日の豊声会40周年記念演奏会のことが中心でした。さしずめ、「演奏会反省ウォーキング」という一日でした。
それにしても、前日の雨と翌日の雨に挟まれた日本晴れの冬の一日。名句、玉の如き小春日和を授かりし 松本たかしのとおりの昨日でした。
 豚汁と吉四六ばなし冬初め
ウォーキング終了後の定番となった入湯は,Mさんの案内で由布市挾間町の「極楽温泉」です。アルカリ度の強いぬるぬるした独特の味わいのあるいいお湯で、10キロ歩いた両足を労いました。
昔、中津文化会館で「徳利ん酒」という吉四六ばなしの素人芝居をしたとき、故松下竜一さんが素浪人、私が吉四六を演じたものです。また、新聞などの川柳投稿欄の筆名は勝手に「吉四六」を無断で借用していることからも、この吉四六さんウォークには特に思い入れが深く、絶対参加しなければなりませんでした。