Himagine雑記

思いついたときに気ままに書く雑記帳

石榴(ザクロ)

 万緑の中や吾子の歯生え初むる  中村草田男
 青葉若葉のこの季節、緑一色の世界の中でふと見ると愛し子に生え始めた歯、草田男の喜びと幼子の生命力が鮮やかに歌われています。この句は「万緑」が夏の季語として使われた初めての一句といわれています。草田男は中国北宋時代の王安石の詩のなかの「万緑叢中紅一点」から「万緑」をとったのです。「紅一点」は多くの男性の中のただ一人の女性をいいますが、多くの中でただひとつすぐれて目立ったものをもいうようになりました。ところで、一面の緑の草むらの中のたった一つの赤い花とは、いったい何の花でしょうか。それは今日散歩中に撮った下の写真の花です。
     
ちょっとピンぼけですが、石榴(ザクロ)の花です。むくつけき多くの男どもの中の唯一人のきれいな女性をたとえるにしては、石榴の花はちょっと意外です。しかし、この王安石の詩の題は【詠石榴詩】なのです。石榴は小アジア原産の落葉喬木で、ちょうど今頃、筒状の萼をもつ赤橙色の多くの花を咲かせます。平安朝の頃から花が観賞されたそうです。実をつけない花石榴は改良種で八重咲が多く、白・淡紅・朱・絞りがありますが、今日見た近くの民家の石榴は一重の花で、実も生るようです。
     
上は図鑑からとったものですが、開いた口に溢れる真っ赤な石榴の粒々の実は、なんだか毒々しい感じです。日本では徳川時代からこの実が食されるようになったそうですが、私は気持ちが悪くて食べたことはありません。石榴の実は、食べると人間の肉の味がするといわれますが、これは仏教から来た伝説です。鬼子母神という魔神は、人間の赤ん坊を食い殺しました。釈迦はこの鬼子母神を戒めるために、彼女の5百人の子供の末っ子を隠します。狂ったように自分の子を探す鬼子母神に、釈迦は諭しました。「あなたも子供を殺される人間の気持ちがわかったはずです。人間の親の身になってみなさい。」それ以後、鬼子母神は人間の子供ではなく、石榴の実を食べるようになったということです。メデタシメデタシ。
中村草田男には「万緑の…」のような爽やかな句ばかりでなく、次のような句もあります。
若者には若き死神花石榴
 神話では石榴はいろいろな女神とも結びつきます。赤い果実は女神の子宮のシンボルとされ、多数の種子は豊穣を象徴します。また、果実に残る萼は王冠を思わせ、王冠を戴く果物として権威の象徴となっていますし、ソロモン王の宮殿の柱頭を飾っているそうです。
下の写真は今日撮ったうちの1枚ですが、真ん中を見てください。昨年実った果実が落ちたあと残った萼がついていますが、形がなるほど王冠そっくりではありませんか。
     
(参考)『花おりおり』朝日新聞社、『「歳時記」の真実』文春新書