Himagine雑記

思いついたときに気ままに書く雑記帳

 七十歳は稀か

過日、高校の同級生から「来年11月に古稀同窓会をやるからいろいろよろしく」という手紙が届いた。2月に中津で準備会をするから出席するように、大分・別府地区の連絡役を頼む、というようなことだった。この前こそ還暦同窓会をしたのに、10年はアッという間だ。
古稀とは唐の詩人杜甫の詩「曲江」の一節、「人生七十、古来稀なり」に由来しているが、今時70歳は決して珍しくはない。ちなみに2008年の日本人の平均寿命は女性が86,05歳、男性が79,29歳で、国際比較で見ると女性は24年続けて世界でもっとも長寿で、男性は世界4位ということである。
 徳川15代将軍の中でもっとも長命だったのが最後の将軍15代慶喜で77歳(数え年、以下同じ)、急性肺炎で死亡。2番目が初代家康で75歳、胃ガン。3番目が11代家斉で69歳、急性腹症で死亡。15人の将軍の平均寿命は51歳である。平均寿命51歳より長生きした将軍はいずれも側室も産ませた子も多いが、家斉は側室16人を抱え生ませた子が57人でダントツの子孫増殖能力の持ち主であった。家康は19人の側室をもち、19人の子をなしている。慶喜は側室の数は不明だが、24人も生ませている。
孔子は「論語」の中で、30歳を而立、40歳を「不惑」、50歳を「知命」、60歳を「耳順」、70歳を「従心」と言っているとは高校の漢文で習ったとおりだが、中国では70歳を「致仕」とも言った。役目を返上してお上に送り届ける、つまり役職を辞すことであるそうだが、70歳定年とは、昔の中国の官僚は天下りもせず長生きして公務に勤しんだということか。
ある本で、中国では70歳を「(もう)」というとある。毛が細く衰えたさまを示す形声文字である(と書いて、反射的に己のオツムを抑えてしまった)。そう、「耄碌(もうろく)」の「耄」なのだ。
 さて、来年11月には、還暦同窓会の時よりさらに「耄」となっている同級生たちに会えるだろう。 
賞罰がなく古稀迎ふ文化の日